お知らせ

みとりえ那須トップ > お知らせ > 他人の靴を履いてみる

他人の靴を履いてみる

2026.03.18

お知らせ

看取り施設を探している方の中には、
「どのような場所で最期の時間を過ごせるのか」「どんなケアが受けられるのか」
といった不安や疑問を持っているのを耳にする。
私たち「みとりえ那須」は、栃木県那須エリアで看取りケアを大切にしている看取り施設として、ご本人とその家族の方々が安心して過ごせる環境づくりを心がけている。
その中で大切にしている考え方の一つが、「他人の靴を履いてみる」という姿勢だ。

 

共感を研究する時代

 

先日、NHKBSで
「フロンティア 共感を疑え なぜ人は争うのか?」
という番組をやっていた。
つけたまま作業をしていたのだが、内容が気になってきて、途中から真面目に見入ってしまった。

番組の説明には、こんなことが書かれていた。
〈分断と憎悪が広がる現代社会。なぜ人は言語や道徳など互いに分かり合う術を持ちながら、争いをやめられないのか。原因の一つとして注目されているのが「共感」だ。なぜ共感が争いを生むのか。ヘイトクライムの当事者の告白や研究を手がかりに、共感の光と影を検証する。さらにロボットやVR技術を通して、対立をどう乗り越えるかを探る。〉

昔は、顔が見える範囲でしか共感は生まれなかった。
しかし今は、ネットやSNSによって、何万人、何億人とも共感できる時代になった。
番組では、そんな「共感」を研究している人たちを紹介していた。

ある研究では、AIを搭載したロボットに光を当てて、人間のように嫌がる動作をさせたり、痛みを表現できるようにしたりする取り組みをしていた。
ロボットの表現力を高める研究だ。

その後、東京大学の若い研究者が登場する。
「VR技術で共感力を高めることができないか研究している」という。

VRをつけて自分の手や鏡を見ると、肌の色がいつもより黒くなっている。
その状態で街に出ると、銃を持った警察官3人に取り囲まれ、職務質問を受ける。
映像を見るだけでもかなりリアルで、ある程度の疑似体験ができると感じた。
しかし研究者は「これだけでは不十分」と話す。
そこで場面が変わる。

 

 「べてるの家」と当事者研究

 

ナレーションが「北海道の浦河町……」
と言い始めた瞬間、私は思わず「まさか」と声に出してしまった。

そこは「べてるの家」という精神障害をかかえた当事者の地域活動拠点だ。
東大の研究者たちが定期的に通い、当事者研究を行っているという。

私が驚いたのは、以前一緒に仕事をしていた「生活とリハビリ研究所」の三好春樹さんから、この場所の話を何度も聞いていたからだ。

三好さんの講演で、「べてるの家」の取り組みがよく紹介されていた。
その一つが「GM発表大会」。
当事者が自分の幻覚や妄想を発表する大会だという。
自分の中で苦しむのではなく、外に出してみる。
呼び方が失礼でいけないのかもしれないと、呼び方も変えてみる。

「幻覚さん」
「幻聴さん」

時には、みんなで
「今日は出てこないでください」
とお願いすることもあるそうだ。

番組の中でも当事者の発表が行われていて、今も「幻聴さん」と呼ばれていた。
(三好さんの話はかなり昔のエピソードだったので、少し疑っていたのだが 笑)
さらに、頭の中のマイナス思考は「お客さん」と呼ぶらしい。

研究者はその場で、当事者から幻覚や幻聴の体験を丁寧に聞き取っていた。

ある人は、車を運転中に前の車に衝突し、その衝撃で空中に飛び出し、そのまま宇宙空間に行って宇宙船と出会うという体験を語る。
またある人は、過去の職場での嫌がらせがきっかけで精神を病み、それ以来、目の前に割れた窓ガラスがあり、ずっと視界を遮っているという。

研究者たちは、その話をもとにVR映像を作り、他の人が体験できるようにした。

完成した映像を見た職員の一人がこう言った。
「目の前のガラスがずっと割れていると聞いても、正直よくわからなかった。でもこれは本当に不快だというのがわかった」

それを聞いた当事者が、少し照れくさそうに
「わかってもらえて嬉しい」とつぶやいた。
番組では、この取り組みを「希望」と表現していた。
私もとても興味深く感じた。

 

シンパシーとエンパシー

 

そしてそのとき、ある言葉を思い出した。
イギリス在住の作家、ブレイディみかこさんの著書、
「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」(2019)
の中で紹介されていた言葉だ。

そこには、シンパシーとエンパシーの違いについて書いていた。
どちらも日本語では「共感」と訳されることが多いが、意味は少し違う。

ブレイディさんは、エンパシーをこう表現していた。
「他人の靴を履いてみる」

履いてみると、やはり違和感がある。
ぴったり合うわけではない。
それでも履いてみる。
その行為自体が大切なのだという。

そう考えると、この番組で紹介されていた研究も、まさに「他人の靴を履いてみる」試みだったのかもしれない。
結果がどうなるかよりも、困っていることに関心を持ち、理解しようとすること。
それ自体が大事なのだと思う。

みとりえ那須でも、その姿勢を忘れずにいたい。
利用される方それぞれの生き方や価値観すべてに、
私たちが答えを出すことはできない。

それでも、「他人の靴を履いてみる」
そんな気持ちを持ち続けていたいと思っている。

看取り施設を探している方にとって、
人生の最期をどのような環境で過ごすかは、とても大きな選択だろう。
私たち「みとりえ那須」は、栃木県那須エリアの看取り施設として、
利用者やその家族の方々の気持ちに寄り添いながら、
その人らしい最期の時間を支えるケアを大切にしていきたい。

アーカイブ